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御物グスク潜入記より

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御物グスクは那覇港湾に浮かぶ小島に築かれたグスクで、
アジアとの活発な交易を展開していた琉球王国の時代、
中国や東南アジアの宝物がストックされていた場所です。
15世紀中頃の様相を描いたとされる『琉球国図』(沖縄県立博物館蔵)には「見物具足(みもの・ぐすく)」に
「江南・南蛮の宝物、ここに在り」と記されています(見物グスクは御物グスクの旧名)。
ただし、ここは単に倉庫としての機能を持っていただけではなく、那覇行政と貿易業務を兼ねる長官、
「御物城御鎖之側(おものぐすく・おさすのそば)」とも深い関わりがあります。
この職に就いていた金丸(尚円王)は有名です。
ある時期までは、このグスクに那覇行政の役人たちが詰めていたようです。

近世期には一時期火薬庫としても使われていたようですが、やがて建物はなくなり、
戦前には高級料亭(風月楼)、戦後は那覇軍港の施設が建てられました。
今でも那覇港や明治橋に立つとその姿を見ることができます

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所在地:沖縄県那覇市垣花町

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那覇の中心といえば、年間600万人の観光客でにぎわうメインストリート・国際通りですが、
その周辺は、実は70年ほど前までは、湿地や畑が広がるたいへんさびしい場所でした。
その頃の那覇の中心は、海のすぐそば、港に隣り合った場所。そう、まさに那覇は2つあったのです!
ではどうして、那覇の中心はいまの場所に移ってしまったのか?「2つの那覇」をテーマに、
知られざる那覇の歴史にタモリさんが迫ります。
観光客にもおなじみ、迷宮のように広がっている市場にひそむ、「新しい那覇」発展の秘密とは?
海に突き出た岩山と不思議な建物が物語る「かつての那覇」の姿とは?
そして、琉球王国時代の貿易の拠点だったという「御物城(おものぐすく)」があったという場所に行ってみると・・・
何とそこは、米軍の基地だった!?
今回特別な許可がおり、タモリさん米軍基地の中に潜入!そこで発見した琉球王国時代の痕跡とは一体…?

  
ブラタモリ #33 那覇より

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(御物グスクのアーチ門)

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(門に掛けられた立入禁止の札)

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(御物グスクの石積み)

石積みは「あいかた積み」と呼ばれる比較的新しい技法で築かれています。
グスク内で採取された陶磁器を分類した研究によると、陶磁器の年代は15世紀以降に限定されているといいます。
つまり、御物グスクの創建が王国の交易活動が本格化した第一尚氏王朝以降のものであることがうかがえるのです。
石積みの編年ともあわせて重要な情報です。
ちなみに陶磁器の破片はグスク内でもいくつか見つけることができました。

また興味深かったのは、石積みの中でところどころ色のちがう石が見られること(上の画像でも確認できるかと思います)。
注意深く観察すると、どうもサンゴ化石のようです。
こうした状況は対岸の三重グスクの石積みにも共通します。

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(三重グスクの石積み)

これは海岸付近のグスクを築造する際に、遠くの石切場だけでなく、
近くの海岸から使えそうな石を持ってきたことを示しているのではないでしょうか。
グスクを築く際に石をどこから持ってくるのかという問題は、これまで解明されていません。
そのような謎を解き明かす重要な証拠の一つになるような気がします。

そして非常に気になったのは、石積みのいたるところに樹木が根を張り、
場所によってはその根で石積みが崩落していたことです。
アーチ門も危険な状態にありますが、このままでは樹木がさらに生長し、残存した石積み全体も崩壊する可能性があります。

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(崩落した石積み)


王国時代の港町であった那覇は沖縄戦で徹底的に破壊され、
戦後は街や地形が大きく改変を受け、往時をしのぶのは難しい状況です。
そんななか、御物グスクは琉球王国の繁栄した頃の姿をうかがうことのできる貴重な文化遺産なのです。
早急に保護・整備を行う必要を感じました。

またそれにあわせて御物グスクの全面発掘調査も行われれば、これまで見たことのないモノが発見され、
研究が大きく前進するかもしれません。
まさに那覇港の宝庫跡は琉球の歴史研究における可能性の宝庫でもある、ということなんですね。

参考文献:新島奈津子「古琉球における那覇港湾機能―国の港としての那覇港―」(『専修史学』39号)

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