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がじゅまるの樹の下で。 より
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佐敷地区にある「佐敷ようどれ」。
「ようどれ」とは夕凪・静かな場所を意味しています。
琉球王国を建てた
尚巴志 [ しょうはし]の父、 尚思紹 [ しょうししょう]夫妻など、
家族7人を祀ってありましたが、1959年に
佐銘川大主 [ さめがわうふぬし。]も合祀されています。
全体が石でできていて、屋根は半円形をしており、かご型に近い独特の形をしています。
がけ崩れの危険があるとの理由で1764年に佐敷西上原から、現在の場所に移されました。
「佐敷ようどれ」は昭和33年[ 西暦1958年]に県の史跡に指定されています。

尚巴志の父・尚思紹夫妻ら家族7人の遺骨が安置されています。
独特の駕篭型の石造墓陵は、1958年、米軍統治下の琉球政府時代に史跡として指定され、
復帰後もそのまま引き継がれました。以前は西上原の崖下にありましたが、
1764年に佐敷の自衛体基地内に移され、ゲートで届け出れば自由に参拝することができます。
「ようどれ」とは、静かなところを意味します。


・同じ南城市内には、尚巴志の父である、
  第一尚氏第1代王尚思紹(ししょう)の墓
  『佐敷ようどれ』 もある。

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