title

[image]
3022
[image]
3010 トーチカ

園比屋武御嶽の後方ハンタン山の緑地の中に、崩れたコンクリートの建造物が散在しています。
このあたりは、昭和20年の太平洋戦争で日本陸軍の沖縄守備軍(第32軍)司令部があったところです。
1944年 日本軍はこのハンタン山から首里城の地下一帯に防空壕を掘り、
沖縄を「捨て石」にして本土決戦に備える作戦をとるための司令部をおきました。
これらコンクリートの壁は壕の入口を守るトーチカの跡です。
米軍の空爆砲撃によって首里城は米軍の空爆砲撃によって壊滅状態になりました。
戦前沖縄には国宝認定を受けた文化財が24あり、京都、奈良についで文化財が多かった県でしたが、
すべて沖縄戦で消失し現在は国宝認定の文化財は残っていません。
首里城の下に沖縄戦の指揮をする第32軍司令部壕があったからです。
1945年 日本軍は宜野湾・浦添方面での戦いに敗れたあと、
この壕を捨て首里を撤退し、南風原・糸満の摩文仁へと敗走して行きました。


[image]
3016
[image]

[image]
第32軍の創設と司令部壕の構築
1944(昭和19)年3月、南西諸島の防衛を目的に、第32軍が創設されました。
同年12月、指令部壕の構築がはじめられ、沖縄師範学校など多くの学徒や地域住民が動員されました。
1945(昭和20)年3月、空襲が激しくなると、第32軍司令部は地下壕へ移動し、米軍との決戦にそなえました。
壕内は五つの坑道で結ばれていましたが、現在、抗口は塞がれ、中に入ることはできません。
[image]
第32軍司令部壕内のようす
司令郡壕内には、牛島満軍司令官、長勇参参謀長をはじめ総勢1000人余の将兵や県出身の軍属・学徒、
女性軍属などが雑居していました。
戦闘指揮に必要な施設・設備が完備され、通路の両側には兵隊の二、三段ベッドが並べられました。
壕生活は立ち込める熱気と、湿気や異様な臭いとの闘いでもありました。
[image]
第32軍司令部の南部撤退
1945年5月22日、日本軍指令部は、沖縄島南部の摩文仁への撤退を決定しました。
本土決戦を遅らせるための、沖縄を「捨て石」にした持久作戦をとるためでした。
5日27日夜、本格的な撤退が始まり、司令部壕の主要部分と坑口は破壊されました。
司令部の撤退にともなう、軍民混在の逃避行のなかで、多くの将兵と住民が命を落とすことになってしまいました。
5月31日首里は米軍に占領はれましたが、沖縄戦によって、
首里城正殿をはじめとする琉球王国の歴史を物語る貴重な文化遺産は失われてしまいました。


[image]

[image]

[image]

[image]

首里城(32司令部壕) | 那覇市 Naha City

首里城は、およそ450年続いた琉球王朝、その歴代王の居城であり、
現在の首里城(正殿)は平成4年に復元されたものである。
戦前沖縄には国宝認定を受けた文化財が24あり、
京都、奈良についで文化財が多かった県でありそれらは首里に集中していた。
すべて沖縄戦で消失し現在は国宝認定の文化財は残っていない。
首里城の下に沖縄戦の指揮をする第32軍司令部壕があったからである。


沖縄県のガマと地下壕(防空壕),三十二軍司令部壕


第32軍司令部壕 - 首里あるき

園比屋武御嶽の後方ハンタン山の緑地の中に、崩れたコンクリートの建造物が散在しています。
このあたりは、昭和20年の太平洋戦争で日本陸軍の沖縄守備軍(第32軍)司令部があったところです。
1944年 日本軍はこのハンタン山から首里城の地下一帯に防空壕を掘り、司令部をおきました。
これらコンクリートの壁は壕の入口を守るトーチカの跡です。
軍司令部が首里城の地下にあったことから、首里城は米軍の空爆砲撃によって壊滅状態になりました。
1945年 日本軍は宜野湾・浦添方面での戦いに敗れたあと、
この壕を捨て首里を撤退し、南風原・糸満の摩文仁へと敗走して行くのです。


資料:琉球新報連載「首里城地下の沖縄戦」1 - 海鳴りの島から

資料:琉球新報連載「首里城地下の沖縄戦」2 - 海鳴りの島から


第32軍司令部壕(那覇市)| 戦跡と証言 | 沖縄戦 ...- NHK 沖縄 …

那覇市首里城の地下に、「第32軍司令部壕」があります。
司令部壕は、首里城の地下を南北に横断するように掘られており、
全長1キ口から2キロの壕に、1000人以上の兵士がいたといいます。
6か所の入口があったとされていますが、今も残っているのは南側の1か所だけです。
なお、内部は壁が崩れるなど危険なため、公開されていません。
壕のなかは、今もわき水が流れ、日々浸食が進んでいて、岩盤が大きく崩落しているところもあります。
沖縄県は、司令部壕の保存や公開を検討していますが、数十億円の費用がかかるとみられ、
計画は今も進んでいません。


[image]

前のページへ     このページの先頭へ     次のページへ