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県指定有形文化財(建造物) 大城按司の墓
昭和36年6月15日指定

大城按司真武は三山時代の人で、14世紀中期から末期ごろの
大城城 の城主であったことが、
麻姓家譜 によると、島添大里按司(大里城主)との戦いで敗れ、稲福村の西で自害したという。
亡骸は同地に葬られ、小石を円く積み上げて塚としたという。
その塚が現在の墓の原形といわれているが、いくたびか改築され、
1892年(明治25)に現在地(大里村字大城)に移築された。

この墓は琉球石灰岩の岩山をくり抜いて墓室をつくり、前面は切石積みとし、
上部は以前の塚を模してドーム状の石積となっている。
その形から俗に<ボウントゥ御墓>とも呼ばれており、
沖縄の一般の墓とは異なる独特の形式をもつ墓として貴重である。

規模:間口7.57m、奥行5.88m、高さ4.02m、円筒の直径3.78m。

平成元年12月14日 沖縄県教育委員会 大里村教育委員会


大城按司眞武 の墓

"大城城跡" - 美ら島


大城按司の墓 | 沖縄ガイド 【またたび】沖縄観光案内

領主的豪族であった大城按司は14世紀の人で、
大城グスク の城主であったと伝えられています。
当初大城按司の亡骸は小石を円く積み上げて建てられた塚に葬られたようですが、
地崩れのため幾度か改築され、1892年には現在地に移築されました。
上部が塚を思わせる円筒型をしていることから、俗にボウントゥ御墓とも呼ばれています。
沖縄の墓は一般的に亀甲式、破風式ですが、この墓はそのいずれにも属さない特異な構造様式をもった墓です。


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